クライアント情報の営業秘密保護 - 事例分析
金冰一 (中国弁護士、上海潤一律师事務所パートナー)
徐 甜 (中国弁護士、艾格峰律师事務所コンサルタント)
一、序文
中国本土経済の躍進及び外資投資分野の拡大に伴い、会社の営業秘密を如何に保護し、営業秘密が侵害された場合に如何に侵害者の法律責任を追及するかが、中国で成功を収めている多くの外国企業が直面する難題となってきました。また、中国市場への参入を計画している外国企業にとって、この問題を十分に認識し、効果的な保護及び対応措置を構築することは、企業に事半功倍の効果をもたらすでしょう。本稿では、極めて代表的な事例を通じて、営業秘密の極めて重要な構成部分である顧客情報の保護について検討します。当該判決は最終的に中華人民共和国最高人民法院公報判例集に収録されました。
二、案情の概要
言聖吉会社は、企業財務及び管理コンサルティングサービスを専門とする会社です。
趙某は元々言聖吉会社の創設株主・取締役であり、言聖吉会社の内部DN88管理システム(当該システムには大量の顧客情報及びその他の経営情報が記録されています)にアクセスする権限を有していました。
その後、趙某は国外への移民を理由として突然言聖吉会社を退職しました。しかし実際には、趙某は退職後移民を行わず、言聖吉会社と全く同じ業務を営む捷勝貝会社を設立し、言聖吉会社と同業競争を行いました。
競争の中で、捷勝貝会社は言聖吉会社の顧客を自社の顧客として宣伝し、自社の評判及びサービス水準を誇張しました。同時に、捷勝貝会社は趙某が言聖吉会社で掌握していた顧客情報を利用し、やや低いサービス価格で言聖吉会社の顧客資源を奪い取りました。
このような状況下、言聖吉会社は弁護士を委託し、中国上海市第一中級人民法院において、趙某及び捷勝貝会社の侵害行為に対し営業秘密侵害訴訟を提起せざるを得ませんでした。
審理の結果、裁判所は最終的に趙某及び捷勝貝会社の行為が言聖吉会社に対する営業秘密侵害を構成すると認定し、両被告に対し侵害行為の停止及び損害賠償を命ずる判決を下しました。
三、顧客名簿の営業秘密としての定性
本件の最大の焦点問題は、言聖吉会社の顧客名簿が営業秘密を構成するか否かです。
中華人民共和国反不正競争法の規定によれば、営業秘密は以下の三つの属性を有します:
1、公衆に知られていないこと。
2、権利者に経済的利益をもたらし、実用性を有すること。
3、権利者が関連する措置を講じて秘密保持をしていること。
本件において、言聖吉会社の顧客情報は同社の核心機密であり、言聖吉会社に競争上の優位性をもたらすことができ、疑いなく実用性を有し、経済的利益をもたらすことができます。言聖吉会社は、請求書、支払証憑及び顧客情報により、現に捷勝貝会社のウェブサイト上の顧客リストにある7社の顧客が元々言聖吉会社の顧客であったことを証明しました。
言聖吉会社がその顧客情報に対して講じた秘密保持措置についての証拠は以下の通りです:権限ごとに分けてアクセスするDN88管理システム、会社の秘密保持規則制度、以及び秘密保持条項を含む言聖吉会社と趙某との間の労働契約等です。上記の証拠により、裁判所は言聖吉会社がその顧客情報に対し適切な秘密保持措置を講じていたと認定しました。
一方、被告は法廷で、言聖吉会社の顧客情報が同社のウェブサイトに公開されており、既に公開情報となっているため、言聖吉会社の営業秘密を構成しないと主張しました。審理の結果、裁判所は被告の抗弁は成立しないと認めました。「顧客名は言聖吉会社のウェブサイトに公開されていますが、証拠は、そのウェブサイト上の顧客名は顧客の略称に過ぎず、連絡先、取引条件、取引習慣及び取引意向等の核心情報を含む顧客の詳細情報は公開されていないことを示しています。よって、当該顧客情報が既に公開されていることを証明することはできず、当該7社の顧客の営業情報は言聖吉会社の営業秘密に属する」との判断です。
本件は上海の裁判所が司法判例において初めて顧客情報を営業秘密として認定し、法律による保護を受けることができることを明確にしたものです。しかしながら、営業秘密として認定される顧客名簿は、社会大衆が容易に入手できる顧客名の列挙ではなく、公知情報と区別される特殊な顧客情報でなければなりません。言聖吉会社の顧客情報は上記の特定性要件に合致していたため、裁判所により営業秘密と認定されました。
四、営業秘密侵害の認定及び証明責任
司法実務において、中国の裁判所はこれまで「接触+類似」ルールを採用して営業秘密侵害の証明要求を配分してきました。即ち、被疑侵害者が権利者の営業秘密を取得する条件があることを証明する証拠があり、且つ「実質的に類似」する営業秘密を開示又は使用した場合、侵害を構成すると認定することができますが、被疑侵害者が合法的な出所を証明できる場合はこの限りではありません。
営業秘密侵害事件における証明責任は段階的に負担され、適度に転移されます。本件の審理において、法廷は言聖吉会社に対し、被告の趙某が不正な手段によりその掌握する営業秘密を取得、開示、使用又は他人の使用を許可したことを直接証明する証拠を提出することを厳しく要求しませんでした。
本件において、言聖吉会社はDN88システムのログイン画面、趙某がログインした後の画面操作説明の印刷物を証拠として提出しました。この証拠は、言聖吉会社のDN88システムに大量の顧客情報が保存されており、パスワードによってのみ当該システムにアクセスでき、異なる権限によって異なる資料を閲覧できることを証明しています。趙某の権限設定はパートナーであり、それにより言聖吉会社の全ての顧客情報を取得することができました。
当該システムは、2005年以来、言聖吉会社がアルカート、雅詩蘭黛、GE東、力賽佳、普萊克斯、中国聯通等の会社に財務コンサルティングサービスを提供し、相应のサービス料を徴収したことを示しています。期間中、言聖吉会社は璐彩特会社等その他14社の会社にもサービスを提供し、趙某は当時言聖吉会社内部の《雇用及び勤務情報表》においてパートナーの身分で承認を行いました。同社の内部情報システムは、趙某が言聖吉会社の営業秘密に「接触」する条件及び行為があったことを証明しています。
一方、被告の捷勝貝会社はそのウェブサイト上で、中国聯通、璐彩特、雅詩蘭黛、通用電気等の会社がいずれも自社の顧客であると主張し、被告が使用した《専門サービス提案書》の添付資料にもアルカート、雅詩蘭黛、通用電気、普萊克斯、中国聯通等を顧客として列挙しています。裁判所はこれに基づき、捷勝貝会社が言聖吉会社の元顧客と営業関係を有していると認定しました。
上記の証拠により、被告の趙某が言聖吉会社の顧客情報に接触する能力を完全に有していることを踏まえ、その新たに設立した捷勝貝会社と言聖吉会社の顧客に重複が生じ、双方の顧客が「実質的に類似」していることが証明されたため、裁判所は判決において、両被告が言聖吉会社の顧客情報という営業秘密に対する合法的権利を侵害したと認定しました。そして、被告の趙某が言聖吉会社の許可を得ずに勝手に言聖吉会社の顧客情報を開示し、被告の捷勝貝会社が当該情報を使用した行為が共同して言聖吉会社に損害を与えたものであるため、共同して侵害行為の停止及び損害賠償の民事責任を負担すべきであるとしました。
五、結び
効果的な営業秘密保護メカニズムを構築するにあたり、会社は営業秘密の属性及び裁判所が営業秘密侵害事件を審理する際に通常適用するルール(証明責任の要求を含む)を考慮すべきです。
他の種類の民事訴訟と同様に、いかなる当事者も、強力な証拠及び主張又は抗弁を有する場合にのみ訴訟に勝利する可能性があります。しかしながら、他の種類の民事訴訟に比べ、営業秘密侵害事件において証拠を収集し、一貫して説得力のある証拠チェーンを構築することは比較的困難です。
さらに、多くの営業分野における高度に異なる収益モデル及び程度、並びに各地の裁判所が事件を審理する際の異なる自由裁量度により、一般的にこの種の事件において事実が清楚である場合に裁判所が判決する賠償額を予測することは困難です。実務において、裁判所が判決する賠償額は、当事者双方の主張/抗弁の説得力及び証拠の質の影響を受ける可能性が非常に高いです。
